自責と他責
前の投稿から空いてしまいました、、本当にごめんなさい。。
先日の会社でのBBQでも社員から言われるし、その他多方面から言われていまして、2ヶ月に一回は更新しようと思っているのですが、なかなかやることが多くて(ただの言い訳)、、すみません。
まぁ気を取り直して、
今回はタイトルにあるように「選択に意味はない」ということについて書こうと思います。
みなさん自分の人生において数々の大きな選択をしてきたと思います。
学校選び、就職先選び、転職先選び、結婚相手選び、などなど
その度に色々と頭を悩ませて、誰かに相談し、決断をして選択をしてきたと思います。
たくさん時間を使うことも多かったのではないでしょうか。
ただ残念ながらそこには何の意味もないのです。
これだけ聞くと、は?何を言ってるんだという感じでしょうが笑
何も意味がないとバッサリ切り捨てるのは多少大袈裟かもしれないし、
もちろんその選択に時間をかけて吟味することで後悔がないマインドセットにすることは意味があると思います。
ただここでは「正解」を選択するという意味で、何の意味もないということを言っています。
誰もが何かを選択するとき、必ずどっちが「正解か」を考えて選ぶと思います。
あたかも選んだ先の向こう側に必ず正しい答えがあるかのように。
ただそんなわけない。Aという答えを選んだとして、うまくいく人もいれば失敗する人もいる。
先に結論から言ってしまうと、正解かどうかが決まるのは結論からみてしか決まらないということ。
だから選択するその瞬間に意味はないということを伝えています。
何を選んでも、うまくいく人はいく、失敗する人はする、結局は自分次第だということ。
それは選択に失敗したからではなく、その後の歩み方を間違えた自分の責任であるということ。
2018年8月にPRIMECHANGEはホテル清掃事業を立ち上げました。
立ち上げるにあたって、数々の先輩方に相談しました。
ただ言われようは散々、、
「そんなノウハウもないんだしうまくいかないだろ」
「労働集約すぎて、ご時世に合わないだろ」
「利益率低いし、スケールしないと思う」
このようなことを言われ、賛成してくれる人はほとんどいなかった記憶です。
それから7年が経ち、今の状況を見て周りの人はなんと言ってると思いますか?
「先見の明があったね!」
「成功してて、すごいね!」
と言います。
もちろん現時点でもまだ過程なので、今後次第ではまた結論が変わる可能性はあります。
私はビジネスにおいてはギャンブルをやりません。(プライベートでは好きですが)
だから何かをやる前に死ぬほど調べるし、考えるし、
勝ち筋を見つけてからではないと進まないです。
なので先見の明があると言われても、あながち間違いではないですし、
運がいいとか言われるのも嬉しいのは嬉しいのですが、
「おれがどれだけ死ぬ気でやったと思ってんの!」とも叫びたくなります笑
ここで言いたいことは現時点で成功しているかどうか、あの時の選択が正しかったかどうかは
結果論でしかないということ。
私と同じ選択をしていても失敗している人はたくさんいる。
私が仮に今失敗してたとしたら、当時の選択が「失敗」とされていただろうし、当時の先輩方からは
「ほら言ったとおり」
と言われていたでしょう。
そう考えてもわかるように、当時の選択には何も意味がない。
選択した後にどう「成功」に持ってくるかだけ。
「正解」を引き当てるかどうかは、自分でそう持っていくしかない。
これは、就職先を選ぶときも、結婚相手を選ぶときも同じ。
選択するときにばかりフォーカスしている人は、結局他責思考の人ばっかり。
選択ミスったから、次に行こう。
そんなマインドじゃどこに行っても、誰と一緒にいても結果はでない。
転職することも、別れることも悪いことではない。
ただその際に選択を後悔するのではなく、選択した後の自身の行動を見直す必要がある。
なぜうまくいかなかったのか。もっと自分を変えられたらうまくいったのではないか。
うまくいく人はどこでもうまくいくし、うまくいかない人はどこに行ってもうまくいかない。
それはこういったマインドの部分が大きいなと思います。
もしあなたが今幸せなら、自分の選択ではなく歩みと行動を褒めてあげて、周りの環境に感謝してみてください。
もしあなたが今うまくいっていないのなら、何を変えたらうまくいくのか真剣に考えてみてください。
選択は極論何でもいい。
選択した後に、あなたがどう「正解」を引く行動をするか。
他責の人で成功した人を見たことがない。
周りを動かすのではなく、自身を変える行動をとること。
シンプルにそれに尽きるなと思います。
死ぬ間際に「いい人生だったー!!」って言えるように進んでいきましょ!










